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高知簡易裁判所 昭和39年(ハ)82号 判決

原告 永野操

被告 真鍋京子

主文

被告は原告に対し金拾万円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

当事者双方の申立

原告の求める裁判

被告は原告に対し金一〇万円を支払え。

被告の求める裁判

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

原告の請求原因

一、原告の夫訴外永野竜也は昭和三六年一二月一二日午前一時頃高知市長浜瀬戸の道路上で、被告の夫である訴外真鍋春美の運転する自動車によりれき死した。

二、右事故に関し訴外春美は同三七年一二月二〇日原告に対し「見舞金として金三〇万円を支払うから、示談で済ませて貰いたい。」との旨を申入れ、原告はこれを承諾した。而してその際内金二〇万円の支払いを受けたが、残金一〇万円はこれを同三八年一二月末日までに支払うこととし、同訴外人の妻である被告は右支払いについて保証をした。

三、よつて被告に対し右金員の支払いを求める。

請求原因に対する被告の答弁

原告の主張事実中、訴外春美が被告の夫である事実は認める、保証の事実は否認する、その余の事実はすべて知らない。

被告の仮定的抗弁

仮に被告が原告主張の金一〇万円につき、その支払いの保証をしたとしても、次の事由により原告の請求は失当である。

(一)  当時訴外春美は原告の夫のれき死事故に関し加害者として刑事訴追を受け、事件が高松高等裁判所の控訴審に係属中であつたところ、右金一〇万円は、訴外春美が同裁判所で実刑に処せられなかつたならば支払うとの約であつた。しかるに同人は禁錮の実刑に処せられたから、支払義務はない。

(二)  もし右主張が認められないとしても、被告は保証をなすにあたり、訴外春美が執行猶予の言渡しを受くべきことを信じてなしたものであり、もしも実刑に処せられるのであれば保証はしなかつたのであるところ、予期に反し同人は禁錮の実刑に処せられた。それゆえ右保証の意思表示は錯誤に基くものであるから無効である。

(三)  なお以上の主張が認められないとしても、右示談金に関しては訴訟上の請求はしない旨の合意がなされているので、本訴請求には応ぜられない。

右抗弁に対する原告の答弁

抗弁事実はすべて否認する。

証拠〈省略〉

理由

原告の主張事実中、訴外春美が被告の夫であることは当事者間に争いがなく、その余の事実については成立に争いのない甲第六号証、証人真鍋春美の証言により成立を認める甲第一号証乃至第三号証と、証人黒岩忠美(第一回)、黒岩茂子、真鍋春美の各証言並びに当事者双方本人尋問の結果を綜合してこれを認定することができ、右認定を左右する証拠はない。

そこで被告主張の仮定的抗弁の当否につき、以下その主張の順序に従つてこれを検討する。

(一)について

証人真鍋春美の証言並びに成立に争いのない甲第六号証によると、訴外春美は原告のれき死事故に関し、その加害者として刑事訴追を受け、高知地方裁判所で禁錮一〇月に処する旨の判決言渡しを受けて控訴し、本件保証契約当時は事件が高松高等裁判所の控訴審に係属中であつたこと、その後同裁判所で控訴棄却の判決があり、次いで上告審においても上告棄却の裁判があつたことをそれぞれ認定することができる。

しかし「本件保証の金一〇万円の支払いについては、訴外春美が高松高裁で実刑に処せられないことを停止条件とするものであつた。」との事実については、この点に関する右証人並びに被告本人の各供述は、前記甲第三号証並びに証人黒岩忠美(第一、二回)の証言に照らして措信せず、その他に右事実を認め得る証拠はない。

それゆえ右事実の存在を主張してなす抗弁は理由がない。

(二)について

被告は保証契約の意思表示の錯誤を主張するところ、証人真鍋春美の証言並びに被告本人尋問の結果によれば、被告が本件保証債務を負担したのは、前記の如く当時訴外春美の刑事々件が高松高裁に係属中のこととて、同裁判所の同人に対しなさるべき判決をして、情状の酌量により実刑を科せられることなく、執行猶予の寛大な処分を得たきことを希求せしところから、同訴外人と原告間の示談を成立せしめるにあつたものであることが認められる。

けれども右保証をなすにあたり被告において「訴外春美が実刑に処せられるのであつたならば、支払保証の意思はなかつた。」との点については、この点に関する右証人並びに被告本人の各供述は、前記甲第三号証並びに弁論の全趣旨に照らして措信せず、他にこれを肯認し得る証拠はない。

しかし仮に被告の意思が右の如くであつたとしても、そのような事由は本件保証行為の意思表示をなす動機(縁由)なのであるから、たとえ被告が内心ではそう信じていたとしてもこれを外部に表示しない限り、その内部意思と現実の事実とが一致せず即ち被告の意思に反し訴外春美が実刑に処せられたとしても、こうした動機の錯誤は、右保証の意思表示の効力に何等消長を及ぼすものではない。

なお保証をなすにあたつて被告が原告に対し、右動機を表示したということについては、被告は直接にはこれを主張しないけれども、前掲(一)の抗弁にかかる「本件保証にかかる金員は訴外春美が実刑に処せられなかつたならば支払うという約定であつた」との主張を以て右動機を表示せしことの主張と解するとしても、この点に関する証人真鍋春美の供述は証人黒岩忠美(第一、二回)の証言に照らして措信せず、その他に右事実を認め得る証拠はない。

よつて右錯誤の主張による抗弁も亦その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(三)について

被告は本件については訴訟上の請求はしない旨のいわゆる不起訴の合意が成立している旨主張する。不起訴の合意の効力如何に関しては議論の存するところであるが、ともあれそれはしばらくおいて、先ず右合意の有無を調べてみよう。

成立に争いのない乙第一号証によると「本件に関しては如何なる事情が生じても訴訟等はしない」との旨が記載されていて、この文言のみを捉えるならば、一見当事者間に本件保証の金員について不起訴を約せしものの如くであるけれども、同書証はしかく断片的非合理的な読解方をすべきではない。即ち右文言の前段に記載された「右の交通事故による損害については、双方協議の結果左記条件(註左記条件欄は空白)を以て円満解決した、よつて今後」との文言を無視すべきではなく、これと関連統一せしめ以て合理的にこれを読解すべきである。そうするならば同書証は-具体的に如何なる条件を以て解決したのかそのいわゆる条件の記載がない等、表現に聊か欠くるところはあるけれども-本件保証の金員についての不起訴を約せしことの書面とは、到底認め難いのである。のみならず却つて前記甲第三号証と原告本人尋問の結果に徴すると「本件に関しては……訴訟等はしない」との右文言の趣旨は、既に原告に交付済みの金二〇万円と本件保証の金一〇万円の合計三〇万円の支払いを約することにより、本件の原因となつた自動車事故に対する示談が当事者間に成立したので、それ以外にわたつては原告は訴訟等による請求をしないことを約し、以てその趣旨を表示したものであることが認められ、この認定を左右し又は右合意の存在を認め得る証拠はない。

それゆえ不起訴の合意の存在を前提とする抗弁も亦その余の点について判断するまでもなく理由がない。

叙上の通りであるから、被告主張の(一)乃至(三)の抗弁はいずれも失当としてこれを排斥する。

してみると原告の主張事実に基くその請求は正当の理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 市原佐竹)

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